看護を行うなかでは、患者さん・ご家族・医療者の考えが一致しないことがあります。
患者さんの希望を大切にしたい一方で、安全を守る必要もあります。患者さんにとってよいと思う看護が、ご家族の希望とは異なることもあるでしょう。
このように、それぞれの価値観や立場がぶつかる場面は、看護を行ううえで避けて通れません。
看護師には、そこで起きている対立から目をそらさず、患者さんにとって何が大切なのかを考えることが求められます。そのために必要になるのが「看護倫理」です。
しかし、看護倫理は難しそうな印象があり、苦手意識を持っている方も多いのではないでしょうか。
私自身も、看護倫理に対して苦手意識がありました。
今回は、同じように「看護倫理は難しい」「事例をどのように整理すればよいか分からない」と感じている方に向けて、架空の事例を使いながら一緒に考えていきたいと思います。
※この記事で紹介する事例は、看護倫理を考えるために作成した架空のものです。実在する患者さんやご家族とは関係ありません。
看護倫理を考えるための「4分割法」
倫理的な問題を整理する方法のひとつに「4分割法」があります。
複雑な事例を次の4つの視点に分けて、患者さんを取り巻く状況を整理する方法です。
- 医学的適応
- 患者の意向
- QOL
- 周囲の状況
いきなり「何が正しいのか」を決めようとすると、考えがまとまらなくなることがあります。
まずは事例のなかにある事実や、それぞれの人の希望を4つに分けて整理すると、どこに倫理的な対立があるのか見えやすくなります。
事例
80代の男性。右大腿骨頸部骨折のため入院し、手術を受けました。
術後のADLは車椅子で、移乗や移動には中等度の介助が必要な状態です。
しかし、患者さん自身は「自分は動ける」と感じており、介助を待たずに無理に動こうとすることがあります。転倒リスクは高い状態です。
認知機能は年齢相応で、自分の希望を伝えることができます。
患者さんは、自宅へ帰ることを強く希望しています。
一方、ご家族は「しっかり動けるようになったら自宅へ戻ってきてほしい」と思っていますが、車椅子で介助が必要な状態では、自宅での介護は難しいと考えています。そのため、現在の状態が続くのであれば、施設への入所を希望しています。
4分割法で事例を整理する
1.医学的適応
医学的適応では、病気や治療の内容、現在の身体機能、予後、安全上の問題などを整理します。
今回の事例では、次のような情報が挙げられます。
- 右大腿骨頸部骨折の術後である
- 移動には車椅子が必要である
- 移乗や移動には中等度の介助が必要である
- 一人で無理に動こうとすることがある
- 転倒や再骨折の危険性が高い
- 安全に生活するためには、介助や環境調整が必要である
- 今後のリハビリによって、身体機能が改善する可能性がある
ここでは「危ないから動かせない」と判断するだけではなく、なぜ危険なのか、どの程度の介助が必要なのか、今後どの程度の回復が見込めるのかを具体的に整理します。
2.患者の意向
患者の意向では、患者さんが何を望んでいるのか、その希望をどの程度理解して判断できているのかを考えます。
- 患者さんは自宅へ帰ることを強く希望している
- 自分はまだ動けると感じている
- 施設への入所は希望していない可能性がある
- 認知機能は年齢相応で、自分の希望を伝えられる
- 現在の身体機能や転倒リスクを、どの程度理解しているか確認が必要である
- なぜ自宅へ帰りたいのか、その理由をさらに確認する必要がある
「自宅へ帰りたい」という言葉だけでなく、その思いの背景まで知ることが大切です。
長く暮らしてきた家だから帰りたいのか、施設に対する不安があるのか、家族と暮らしたいのか、大切にしている日課があるのかによって、必要な支援は変わります。
3.QOL
QOLでは、その選択が患者さんの生活や幸福感にどのような影響を与えるかを考えます。
- 自宅は患者さんにとって安心できる場所である可能性がある
- 自宅へ帰ることが、生活への意欲につながる可能性がある
- 無理に動くことで転倒し、さらにADLが低下する可能性がある
- 安全だけを優先して行動を制限すると、患者さんの自尊心や意欲が低下する可能性がある
- 施設へ入所した場合、安全を確保しやすくなる可能性がある
- 一方で、住み慣れた場所を離れることが精神的な負担になる可能性がある
安全に過ごせることだけが、患者さんにとっての「よい生活」とは限りません。
多少の危険があったとしても、自分らしく暮らすことを大切にする方もいます。患者さんが何を大切にしているのかを知り、安全とその人らしさの両方を考える必要があります。
4.周囲の状況
周囲の状況では、ご家族の思い、介護力、経済的な問題、生活環境、利用できる制度やサービスなどを整理します。
- ご家族は、患者さんがしっかり動けるようになれば自宅へ迎えたいと思っている
- 現在の介助量では、自宅で介護することが難しいと感じている
- ご家族にも生活や仕事があり、介護できる時間には限界がある可能性がある
- 自宅の段差やトイレ、浴室などの環境確認が必要である
- 福祉用具や住宅改修によって、自宅で生活できる可能性がある
- 訪問看護や訪問介護、通所サービスなどを利用できる可能性がある
- 退院支援看護師、医療ソーシャルワーカー、リハビリスタッフ、ケアマネジャーなどとの連携が必要である
家族が介護できないことを、単純に「協力が得られない」と捉えてはいけません。
ご家族がどのようなことに不安を感じているのか、どの程度であれば介護できるのか、サービスを利用すれば自宅退院を検討できるのかを確認する必要があります。
この事例では何が対立しているのか
この事例では、患者さんの「自宅へ帰りたい」という希望と、医療者が考える安全性、ご家族の介護上の不安が対立しています。
患者さんの希望を大切にし、自分で選択する権利を尊重することは重要です。
一方で、転倒や再骨折を防ぎ、患者さんの安全を守ることも医療者の大切な役割です。また、自宅退院を選択する場合、ご家族の負担を無視することもできません。
つまり、単純に「患者さんの希望を優先するべき」「危険だから施設へ行くべき」と決められる問題ではありません。
この事例では、主に次のような価値が対立しています。
- 患者さんの自己決定を尊重すること
- 転倒や再骨折を防ぎ、安全を守ること
- 患者さんらしい生活を支えること
- ご家族の生活や介護負担を守ること
どれか一つだけが正しいわけではないため、それぞれの立場と価値観を整理し、患者さんとご家族が納得できる方法を一緒に探していく必要があります。
看護師にできること
看護師が一人で退院先を決めることはできません。
しかし、患者さんやご家族に近い立場だからこそ、それぞれの思いを聞き、医療チームへ伝えることができます。
今回の事例では、次のような関わりが考えられます。
- 患者さんが自宅へ帰りたい理由を詳しく聞く
- 現在の身体機能と転倒リスクを、患者さんがどの程度理解しているか確認する
- 患者さんの残っている力や、できる動作を評価する
- ご家族が難しいと感じている介助内容を具体的に確認する
- リハビリスタッフと今後の回復見込みを共有する
- 自宅環境や利用できるサービスについて検討する
- 多職種カンファレンスを行う
- 必要に応じて、試験外泊や退院前訪問を検討する
- 患者さんとご家族が話し合える場をつくる
患者さんの希望をそのまま通すことだけが、意思を尊重することではありません。
患者さんが必要な情報を理解したうえで、自分にとって納得できる選択ができるように支えることが大切です。
看護倫理は「正解を出すこと」だけではない
看護倫理について考えるとき、「正しい答えを出さなければいけない」と思うと難しく感じます。
しかし、倫理的な問題には、誰にとっても完全に正しい答えがないこともあります。
大切なのは、患者さん・ご家族・医療者が何を大切にしているのかを整理し、なぜ意見が対立しているのかを明らかにすることです。
4分割法を使うと、複雑に見える事例も一つずつ整理しやすくなります。
看護倫理に苦手意識がある方も、まずは事実と意見を分け、4つの視点から患者さんを見てみてください。
私自身もまだ学んでいる途中です。
「看護倫理は難しい」と感じている方と一緒に、これからも身近な事例を通して考えていけたらと思います。


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